美は超越す2
[ 2018-05-18 16:10 ]
まだ5月というのに、蒸し蒸しとした毎日が続いている尾張国一宮より美卯オーナーです。”民藝”とは、この頃ではライフスタイルデザインの一ジャンルと見られがちのの様ですね。
作り手である職人さんに光が当たるのはとても喜ばしいし、応援して下さる方が増えているのはとても素晴らしい事ですが、その一方でもっと民藝の歴史、特に創始者である柳宗悦師を知って欲しいともつい思ってしまいます。
柳の人生は明治から太平洋戦争を経て昭和の中期までと、日本近代化の激流の中にありました。
日本陸軍高官の子息でありながら自由闊達、思想家であり、様々な分野において現場第一主義の研究者であったと思います。
余りに幅広い研究対象と近代化により整備されつつあった交通網を駆使しての国内外への美を求める旅の数々、そのパワフルな行動力に驚かされます。今民藝の品として目に触れる伝統工芸のほとんどは柳が各地を駆け回って見つけた手仕事からつくられています。―とはいえ当時のアナログな交通手段を考えるとその苦労は想像を絶します。
数々の豊富なエピソードを持つ柳ですが、私にとって何よりも注目するのは柳にとっての「美」とはどういう存在だったかについて―(でもこの辺りは抽象的で説明辛いところ―)です。
柳宗悦という方にはかなり超越した部分があって、偏見とか差別意識が薄く、戦前の一般日本人がひどく差別していた朝鮮、沖縄(琉球)、アイヌ、台湾の美しい文化を評価。直観的に見てどんな背景を持っていて誰が、どこで作ったとしても美しいものは美しいのだという揺るぎない信念を持っていたようです。
何と言っても民藝運動のはじまりが柳と朝鮮の名もない陶工たちがつくった朝鮮雑器との出会いだったことがとても象徴的。
このように柳は多文化、民族の共生を訴え多様性の価値を『複合の美の平和思想』として説きました。
帝国主義の日本帝国は植民地では現地の人々に生活、文化において日本への同化政策を取っており、こうした柳の言動はとても勇気のいる事でした。
柳は非暴力重視であり、インドのガンジーやクエーカー教徒の絶対平和主義に共感していたともいいます。
「美」というソフトパワーとしての文化の力を駆使して世界を弱者にもやさしい平和な社会を実現したい、そして中でも優れた手仕事により生まれた美にこそその力が宿っていると確信したのではないでしょうか。
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